きなこママのじぃ~ちゃん、ばぁ~ちゃん・・・
15歳で会ったきり・・30年ぶりに写真の中のじぃ~ちゃんに会うことができました。
ばぁ~ちゃんは4歳で会ったきり・・
でいごの花が咲き 風を呼び嵐がきた
でいごが咲き乱れ 風を呼び嵐がきた
繰り返す悲しみは 島渡る波の様
ウージの森で あなたと出逢い (※ウージはさとうきび)
ウージの下で 千代(チヨ)にさよなら
島唄よ風に乗り 鳥とともに海を渡れ
島唄よ風に乗り 届けておくれ
私の涙
~島唄より~
じぃちゃん、きなこママのじぃちゃんから聞いた話です。名前がすごいです。岩熊と言います。でもやさしい笑顔のじぃちゃんでした。全国版のNHKにも出演しました。島の長寿でした。
上の島唄は沖縄のことを歌った唄。。戦争に敗れて散っていった命を歌った唄です。
じいぃちゃんは漁師でした。一人海に出て漁をしていました。
戦争が激しくなってきた頃・・・毎日のように海岸に海に浮いている若者を一人で船に助けたそうです。亡くなっている人、
まだ息があって怪我をしている人・・・
きなこママの母はまだ小学生でした。家につれて帰ってくる怪我をした人の看病をしたそうです。
名もわからず・・・亡くなっていった人たちは、そっと島の墓地に今も眠っています。回復して本土に帰って行った若者もいました
でも・・ほとんどの人は、海に浮かぶ小さな島に眠っています。じぃちゃんは、じぃちゃんは、自分が亡くなるまで名もない人達の供養をされていたそうです。
島はトカラ列島・口之島はきなこママの記憶の中では、丁度唄のように、海岸までサトウキビ畑が延々と続いていて・・海に行くのに歩きながらじぃちゃんが、「甘かよ~」って言いいながらその場でサトウキビをかまで切って皮を剥いて食べさせてくれました。繊維だらけで、ずっと噛んでいると甘い汁が出てきました。
島唄~歌詞を見て・・・じぃちゃんから、母から、自分の目で見た体験したサトウキビ畑を思い出していました。
最近ママのブログは島の事を書いた記事が多いけど・・なんでだろう? 記憶がどんどん蘇ってきます。ココに残しておけば、こども達もいつか大人になって読んでくれるかな。
今日のような話はじぃちゃんが、母が、体験した事として残さなきゃって・・3ちゃん達の体の中には、一人せっせと命を守ろうとしたじぃちゃんの血が流れている事・・・伝えたいって書きました。
まだまだ・・島での体験の事書きたいです。
上の記事は、去年の夏のきなこママブログで紹介した記事です。
昨日父の日。前の記事で紹介したサンスベリアを持って実家へ行って来ました。
父のおじぃくんがママが持って行った口之島のサンスベリアを写真の所に置いてあげていました。
ママは実家の母の部屋にじぃ~ちゃん、ばぁ~ちゃんの写真が置いて有ること知りませんでした。。
島の花が咲いたから母に見せたくって・・・母に花の香りかかせたくって・・・元気な顔見たくって・・
不思議な事が起こりました。自宅の名古屋を出るときはまだ5~6つしか咲いていなかった花が実家に着く頃には半分以上の蕾が咲いていました。
写真の横には、島の海の貝殻と、ひ孫の1ちゃんが描いた絵と、ひ孫の3ちゃんが大好きな苺大福が置いてありました。
じぃ~ちゃん、ばぁ~ちゃん・・この花、香り・・懐かしいですか? きなこママがずっと記憶の中にある島の海。大好きな島の海から生まれた青い瓶。今度持ってきます。
島の海ですよ。。じぃ~ちゃんが若かったあの夏・・・一人で必死になって命助けたあの海・・
きなこママがまだ幼い頃、船から舟へ乗り換える時、慌てて海に落ちた^^あの海・・
母、姉、弟と4人で海で泳いでいた時に、野生牛の口之島牛に囲まれて泣いたあの海・・
色とりどりの魚たちと素潜りで泳いだあの海・・・海の瓶の青。
今度見てください。 それからまだ母には伝えてないけど・・・島へ一緒にママが連れて行きます。
今この仕事をしていて・・偶然に関わった月桃(げっとう)~ちまき葉や、サンスベリア(虎の尾)の自生している姿を目に焼き付けておきたいです。
それからいつもお世話になっている父のおじぃくんへもお花を贈りました。
母へも南国のお花を~
昨日の夜のきなこファミリーです。
きなこ
あんこ
あずき
つぶあん
リーフ
ちび
栗きんとんのきんちゃん 只今!ホヤホヤ^^生後2ヶ月の男の子。里親募集中!
めちゃんこ元気で、めっちゃんこ可愛い^^ めちゃんこ走りが早くって、大急ぎでトイレ行って鳴きながら済ます^^可愛い子です。
ロイちゃん&メイちゃん部屋を2本立ちでのぞいている後ろ姿は京都で見たこの子を毎回思い出します^^
ロイ&メイちゃん。ちょうど生後一ヶ月です。撮っていないから昨日と一緒です^^
毎回長いきなこのおめめ・・ブログを読んでくださってありがとうございます。
応援してくださってありがとうございます。たくさん皆さんへ伝えたい事や、思った事があります。これからも皆さん・・よろしくお願いします。
←いつもあたたかな応援とコメントを頂きまして、本当にありがとうございます。
感謝でいっぱいです。応援やコメントがどれだけ励みになるかわかりません。これからもきなこママ!ガンバレ!のポッチをよろしくお願いします。
15歳で会ったきり・・30年ぶりに写真の中のじぃ~ちゃんに会うことができました。
ばぁ~ちゃんは4歳で会ったきり・・
でいごの花が咲き 風を呼び嵐がきた
でいごが咲き乱れ 風を呼び嵐がきた
繰り返す悲しみは 島渡る波の様
ウージの森で あなたと出逢い (※ウージはさとうきび)
ウージの下で 千代(チヨ)にさよなら
島唄よ風に乗り 鳥とともに海を渡れ
島唄よ風に乗り 届けておくれ
私の涙
~島唄より~
じぃちゃん、きなこママのじぃちゃんから聞いた話です。名前がすごいです。岩熊と言います。でもやさしい笑顔のじぃちゃんでした。全国版のNHKにも出演しました。島の長寿でした。
上の島唄は沖縄のことを歌った唄。。戦争に敗れて散っていった命を歌った唄です。
じいぃちゃんは漁師でした。一人海に出て漁をしていました。
戦争が激しくなってきた頃・・・毎日のように海岸に海に浮いている若者を一人で船に助けたそうです。亡くなっている人、
まだ息があって怪我をしている人・・・
きなこママの母はまだ小学生でした。家につれて帰ってくる怪我をした人の看病をしたそうです。
名もわからず・・・亡くなっていった人たちは、そっと島の墓地に今も眠っています。回復して本土に帰って行った若者もいました
でも・・ほとんどの人は、海に浮かぶ小さな島に眠っています。じぃちゃんは、じぃちゃんは、自分が亡くなるまで名もない人達の供養をされていたそうです。
島はトカラ列島・口之島はきなこママの記憶の中では、丁度唄のように、海岸までサトウキビ畑が延々と続いていて・・海に行くのに歩きながらじぃちゃんが、「甘かよ~」って言いいながらその場でサトウキビをかまで切って皮を剥いて食べさせてくれました。繊維だらけで、ずっと噛んでいると甘い汁が出てきました。
島唄~歌詞を見て・・・じぃちゃんから、母から、自分の目で見た体験したサトウキビ畑を思い出していました。
最近ママのブログは島の事を書いた記事が多いけど・・なんでだろう? 記憶がどんどん蘇ってきます。ココに残しておけば、こども達もいつか大人になって読んでくれるかな。
今日のような話はじぃちゃんが、母が、体験した事として残さなきゃって・・3ちゃん達の体の中には、一人せっせと命を守ろうとしたじぃちゃんの血が流れている事・・・伝えたいって書きました。
まだまだ・・島での体験の事書きたいです。
上の記事は、去年の夏のきなこママブログで紹介した記事です。
昨日父の日。前の記事で紹介したサンスベリアを持って実家へ行って来ました。
父のおじぃくんがママが持って行った口之島のサンスベリアを写真の所に置いてあげていました。
ママは実家の母の部屋にじぃ~ちゃん、ばぁ~ちゃんの写真が置いて有ること知りませんでした。。
島の花が咲いたから母に見せたくって・・・母に花の香りかかせたくって・・・元気な顔見たくって・・
不思議な事が起こりました。自宅の名古屋を出るときはまだ5~6つしか咲いていなかった花が実家に着く頃には半分以上の蕾が咲いていました。
写真の横には、島の海の貝殻と、ひ孫の1ちゃんが描いた絵と、ひ孫の3ちゃんが大好きな苺大福が置いてありました。
じぃ~ちゃん、ばぁ~ちゃん・・この花、香り・・懐かしいですか? きなこママがずっと記憶の中にある島の海。大好きな島の海から生まれた青い瓶。今度持ってきます。
島の海ですよ。。じぃ~ちゃんが若かったあの夏・・・一人で必死になって命助けたあの海・・
きなこママがまだ幼い頃、船から舟へ乗り換える時、慌てて海に落ちた^^あの海・・
母、姉、弟と4人で海で泳いでいた時に、野生牛の口之島牛に囲まれて泣いたあの海・・
色とりどりの魚たちと素潜りで泳いだあの海・・・海の瓶の青。
今度見てください。 それからまだ母には伝えてないけど・・・島へ一緒にママが連れて行きます。
今この仕事をしていて・・偶然に関わった月桃(げっとう)~ちまき葉や、サンスベリア(虎の尾)の自生している姿を目に焼き付けておきたいです。
それからいつもお世話になっている父のおじぃくんへもお花を贈りました。
母へも南国のお花を~
昨日の夜のきなこファミリーです。
きなこ
あんこ
あずき
つぶあん
リーフ
ちび
栗きんとんのきんちゃん 只今!ホヤホヤ^^生後2ヶ月の男の子。里親募集中!
めちゃんこ元気で、めっちゃんこ可愛い^^ めちゃんこ走りが早くって、大急ぎでトイレ行って鳴きながら済ます^^可愛い子です。
ロイちゃん&メイちゃん部屋を2本立ちでのぞいている後ろ姿は京都で見たこの子を毎回思い出します^^
ロイ&メイちゃん。ちょうど生後一ヶ月です。撮っていないから昨日と一緒です^^
毎回長いきなこのおめめ・・ブログを読んでくださってありがとうございます。
応援してくださってありがとうございます。たくさん皆さんへ伝えたい事や、思った事があります。これからも皆さん・・よろしくお願いします。
←いつもあたたかな応援とコメントを頂きまして、本当にありがとうございます。
感謝でいっぱいです。応援やコメントがどれだけ励みになるかわかりません。これからもきなこママ!ガンバレ!のポッチをよろしくお願いします。
コメント
コメント一覧 (10)
熱い、トカラ列島の血。寒い冷たい血は流れてない。
熱い、豊かな血が脈々と流れているんですね。
きっと、ママの子供たちにも、受け継がれて、
そして、1ちゃん達からも、繋がっていく血。
ますます、トカラ列島に行ってみたくなりました。
想像すると、すぅ~と、風通しがよくなりそうな、
そんな気持ちがします。
おばあさまも、おじいさまも、とても人間的な、
素晴らしいお顔をなさったご夫婦だと思いました。
おじいさまの、海に浮かんでいる人を助けるお話を、
聞いて、戦争って忘れちゃいけないですね。
とても、感動しました。ママの今日のお話、すべて。
そう思うと、先祖というものをとてもいとおしく思えてくるし
今の自分も粗末にできないなぁって感じます。。。
人への思いやり=自分を大切にできること
そんな気がしてなりません
いつもいろいろなことを気づかせてくれて、ありがとう
きなこママは島で暮らした事があったの?
海に出て救助する日々・・・
今、ちょうど戦時中のお話の本を読んでいるんですが、
ロシアに敗れた日本の参謀本部のヒトが、シベリアに
長い間抑留され・・・戦争を知らないわたしは、なんて
幸福なんだろうと思いました。
戦争を経験した方々のヒトに対する熱い思いを
おじい様に改めて教えてもらったような気がしました。
サンスベリアってこういう風になるのですね~^^
うちにも2年前に100均で買ったのがぐんぐん育っていますが、
このようにヒラヒラしたのがなるのは見たことがありませんでした^^
島とママさんの家族のお話、とても心が温かくなりました^^
p.s ママさーん、メール届いていますか~?
沖縄はいったことがありません。ぜひ、訪ねてみたいです。
きんちゃん、元気そうで可愛いですね。
・・・・・もう、言葉になりません。
沖縄の悲劇は思い出したくない方も多くて語る方も少ないそうです。
本土決戦を少しでも遅らせるために同じ日本人が沖縄の人たちを
見捨てたと言っても過言ではない・・・・。
もっと早く敗戦を認めていたらあの悲劇はなかったはず・・・。
沖縄の人たちの犠牲と優しさに甘えて日本は復興繁栄したと言っても
おかしくありません。
沖縄の方達のやさしさ、純朴さはきなこママさんそのものです。
沖縄のおじいちゃん、おばちゃんの血が流れているんですね。
おじいちゃん、おばあちゃんの
純粋さ優しさはそのままきなこママに受け継がれて
子供さん、そのまた子供さんへと
伝わっていくんですね。
厳しい島の暮らしの中にいても
人の命を大切にして頑張って、
助けられた方はどんなにか癒されたことでしょう。
今の世の中は戦争こそないけど
とても厳しい世の中。
そんな中で、おじいちゃんおばあちゃんから
受け継がれた正義感、優しさを持ったママは
みんなを癒してくれる存在です。
“島唄”は、沖縄独特のメロディで好きな歌で、以前はカラオケで良く歌ってましたが、こんな意味が有った歌だったなんて知りませんでした(恥)
サンスベリア、おじぃさんとおばぁさんへの良いプレゼントになりましたね。
ママがご両親に差し上げたお花もとっても心がこもっていて感心しました。
私のblogのコメ返しでも書きましたが、横浜のイベントはごめんなさい。
実家は横浜ですが、年に一度位しか行けないのです。土日もハードスケジュールで、5日は一軒お休みのスポーツクラブがあるのですが次が千葉県なので時間的に横浜は、厳しい(≧ω≦)です。
次回また誘って下さいね!本当にごめんなさい。
おじぃ様から受け継いだ素晴らしい
遺伝だったのですね~(^^)
その血や環境がお母様に受け継がれママへ
今度はお子さん達へと、、、
自分の事ばかりが先行し身勝手な人間が
とても増えている現代で
人の事も本当に心配したり思いやれる大人に
育ってくれるのは日本の否、この世の財産ですね!!
栗きんとんちゃん!可愛いね♪
早く里親様が見つかって欲しいです
既に見つかっている子達も良かったです
でも引き渡す時寂しいね(幸せ祈る涙ですが)
泣くよね!ブログ読んでるだけでも胸いっぱいになります